栄和堂ブログ

鎌倉の端っこにあった書店「栄和堂」僕らはここを「ブックスペース」として本屋の再発明をしていきます。公式HP http://eiwado.space/

旅と読書は似ている

ネットサーフィンをしていると以下の記事をたまたま見つけました。ブックコーディネーターの内沼晋太郎さんが、たびのたねというウェブサイトの企画で、本屋の旅の連載を始める際のプロローグとして記載している内容です。

そもそも本を読むことが、旅をすることに似ているというのは、よく言われることだ。目的地があってもなくても、その過程にこそ楽しみがある。思いがけない出会いがあり、ときにそれは人生を変えるほど大きい。けれど何に出会ってどう変わるのかは、はじめてみないとわからない。同じ本を読んでも、同じ場所に旅しても、得るものは人それぞれに違う。

たびのたね 内沼晋太郎 「本屋の旅」 プロローグ:なぜ本屋の旅か http://tabitane.com/special/1501uchinuma/ より抜粋

本を読むのって結構体力がいるんですよね。読み進めていくにも集中力を要します。映画やドラマのように受動的に見ていればいいわけでもなく、文字を目でおって己の想像力を駆使してして進んでいかなければなりません。その過程が旅に似ているというのは、なんとなく分かる気がします。特にパッケージ化されていない自由な一人旅に。

旅と読書は感度を高める装置

僕はよく1人で旅に出ます。内沼さんが書いているように、旅先で思いがけない出会いがあったりもしましたが、逆に全然、なんにも起こらず、無事に帰ってきてしまうこともあります。そんなときはお土産話のネタが無くて非常に困ります。

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この点でも読書と似ていて、「筆者は俺のことを見ていたんじゃないか」ってくらいに、その時の自分に響く場面に出会うこともあれば、読んだことも覚えていないくらいの本もあります。

でも、その出会わなかった旅や本を読むことに意味が無かったかというと、それも違うと思うのです。

旅や読書をしている時の、何か偶然が起こるんじゃないか?何かに出会うんじゃないか?という「感度を高める」という行為に非常に意味があるのではないでしょうか。その感度が鈍ると、本当に人生を変える出会いに気付けなかったり、日常がいかに楽しく幸せかということに気付けなくなってしまうのかもしれませんね。