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栄和堂ブログ

鎌倉の端っこにあった書店「栄和堂」僕らはここを「ブックスペース」として本屋の再発明をしていきます。公式HP http://eiwado.space/

同じ本が好きだから

本の貸し借りをすることによって、人はその人のことに好感を持つそうです。

おすすめ!恋愛対象の人と本の貸し借りをするとすぐ距離が縮まります | 女性の美学

昔、学校の図書館で借りた本の貸出カードに、好きな人の名前が書いてあるとキュンとなる感覚に近いかもしれませんね。

そういえば、ノルウェイの森で永沢さんと僕が仲良くなったきっかけも本だったりします。

『グレート・ギャツビイ』を三回読む男なら俺と友だちになれそうだな

映画や音楽より、同じ本を読んでいる方が、なんとなくその人と近づけるような気がします。なんででしょう。

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本は五感を直接刺激しない

例えば川上未映子の小説「すべて真夜中の恋人たち」の最初の一文。

真夜中は、なぜこんなにもきれいなのだろうと思う。

この一文から、どんな想像をするのかというのは、その人の感性によるところが大きい。

この小説は、34歳の独身女性と58歳の物理教師の恋愛物語ですが、なぜ主人公の女性が真夜中をきれいと感じるのか。無意識のうちに読者は「想像」しながら読み続けるでしょう。

本(特に小説)は、抽象から具体へ昇華させる作業が必須であり、そこにはその人の感性が必然的に介在する。同じ本が好きだということはその感性が近いと感じるから近づけるのではないかと思うのです。

もちろん映画、音楽が感性を介在しないとは言えませんが、それらは人間の五感のどれかを直接刺激します。(おそらく上記の小説を映画化すると真夜中のシーンからスタートするでしょう)

一方、本は五感には直接刺激を与えません。文字情報だけです。これは決定的な違いであるように思います。

自己表現ツールとしての本

先般から「本棚の10冊で自分を表現する」というのがTwitterやはてなブログで流行っていて、興味深く読んでおりました。

yamayoshi.hatenablog.com

親父のエントリーにもあるように、その人の所有している本はその人がどんな気持ちで、どんな状況でその本を手にしたか、という時間性を帯びているように感じます。それは、本棚の10冊を紹介してくれているエントリーに、必ずと言っていいほどその人のエピソードが付帯していることからもわかります。

その人の人となりや歴史が表現された本棚が集まって、その人達同士が本を介してつながれる場所…。そんなリアルな場所が出来たら面白いかなと思います。