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栄和堂ブログ

鎌倉の端っこにあった書店「栄和堂」僕らはここを「ブックスペース」として本屋の再発明をしていきます。公式HP http://eiwado.space/

本について私が語れる二、三の事柄

親父です。前のエントリーで「読むだけが本ではない」ということを書いた。書きながらこれまであまり深く考えてこなかった本との付き合いについて思うところがいくつか浮かんできた。少し角度を変えてみるとおもしろいなあと思うのだ。これもブックスペース栄和堂をどう運営していくかを考えているうちにたどりついたものである。

ぼくの好きな本を並べてみるのと同時に「世界美術大全集」というものも置いてみた。これは、前の本屋の店主が売れると思って仕入れたが売れ残ったものなのだろう。一冊2万円もするのが20冊近くある。

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そのとき、あの「ブリタニカ百科事典」があることに気がついたのだ。これも買ったことを鮮明に覚えている。独身寮にセールスウーマンがやってきて買わされたのである。酒代に化けるよりいいだろうという殊勝な心がけである。(だからといって現実には酒代が減ったということはなかった)確か20万円くらいしたのではないだろうか。

この百科事典は今どうなっているのかとWikipediaで調べたら、2013年3月に紙の書籍としての発行を取りやめてオンライン版に移行したそうだ。

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そこから、いろいろなことを考えてしまった。まずは、その紙の百科事典とWikipediaの違いについてである。両方とも百科事典という括りだから同じように思えるがそうではないのではないだろうか。

ある言葉について調べたいというケースだと同じだが、特定した言葉ではないものを“眺める”というのも百科事典のもつ楽しみではないかと思ったのである。それは、美術全集にも当てはまる。ゴッホの絵が見たいとかゴダールのことを調べたいといったように目的を達成するために使うということもあるのだが、その逆に偶然見つけたことから、さまざまな方向に拡散するというアプローチもおもしろいのではないでしょうか。

このことは、いまブリタニカ百科事典とWikpediaの対比をしたが、本屋と電子書籍、あるいは少しばかり飛躍してしまうかもしれませんが、書斎とブックスペースといった関係にも見いだされるような気がする。つまり、ブリタニカがオンライン版に移行してしまったように、どうも目的指向的な行動パターンに合わせたような環境にどんどん以降してしまっているように感じる。

早く深く知りたいという欲求にはいいのかもしれないが、幅広く水平的にものを見る目も養いたいものである。双方向のアプローチが必要であると思う。それが可能になるのは本を介して人と交わることが大切なことだと思う。今朝の朝日新聞の「折々のこば」に鷲田清一がこんな言葉を紹介していた。まさにこうした機会を提供する場として”ブックスペース栄和堂”があることを願っている。

これだけ手許に持っていれば必要なときにその知識をそこから引き出せるという考え、これは案外恐ろしいことではないかと思います。  串田孫一

  いつでも引っぱってこれるよう、手許に必要な知識だけを用意しておくのは、要領はいいだろうが、そこに知ることの悦びはない。教わったという温もりもない。知ることの悦びは、何とでも知りたい/伝えておきたいという、人と人の関係の内にこそある。